鯉徳 雛人形 縫nui インタビュー


2016年に産声をあげた若手職人ユニット"縫nui"。メイドインニッポンの卓越した技術を携え、今後の節句業界を担うプロジェクトのディレクター兼木目込人形作家である鈴木大二朗さんにお話をうかがいました。


■はじめに縫nuiプロジェクトを始めようとしたきっかけを教えてください。


私は節句人形専門の小売業者として、およそ20年前からこの業界に携わっていますが、ここ数年間で業界を取り巻く環境は凄まじい勢いで変化しています。"低下する出生率" "核家族化に伴うライフスタイルの変化" "住宅事情による商品の小型化" "グローバル化の流れに伴う安価な海外生産品の流入"などなど例をあげれば枚挙にいとまがありません。

求められるニーズは以前にも増して多様化し、「従来通りの作り手主体で生まれる製品だけでお客さまを満足させることができるのか?」という疑問を次第に抱くようになっていったんです。そんな頃とほぼ同時期に実際うちの店頭で「飾ろうっていう意志はあるけれど、飾りたい人形がない」というお客さまに出会いまして…自分の考えがほぼ確信へと変わりました。目の当たりにした現状の危機感こそが縫nuiを始めるきっかけになっているような気がしますね。


■なるほど。小売店の目線から感じた危機感が始まりだったんですね。では具体的にどういう流れで本格的にこのプロジェクトは動き出したのでしょう?


はじめは商品開発に活かしてもらおうと、お客さまからいただいた要望を各工房に伝えていくことから始めました。

しかし伝統という名の看板に永く守られ過ぎた一部の作り手たちは、「いずれまた従来の売れ筋商品に戻るだろう」「販売店が努力を怠っているから人形が売れなくなってきているだろう」と、地方の一小売業者の提案を簡単には受け入れてくれなかった。このままでは時代の流れと古い業界体質との差はますます開くばかり。悶々とする時期が続きましたね。


転機が訪れたのはそれから数年後、見本市の後に行われた懇親会でのことです。偶然にもそのときは雛人形や五月人形、道具類の製造を行っている自分と同世代の作り手たちが多数出席していました。

ほぼ初対面の方々ではありましたが遠慮なく自分の考えをぶつけてみたところ、これまで年配の職人たちがみせた感じとは全く異なる反応をしてくれまして…業界が輝いていた時代を知らない世代が共通して持つ危機意識や不満、またその先に見据える志は、みんな同じ方向を見ていたんですよ。

そこから一気に"若手中心で新しい挑戦をしてみよう"という機運が高まりまして、このプロジェクトが動き出したという経緯があるんです。


鯉徳 雛人形 縫nui インタビュー

▲ 頭部の原型デザインは鈴木順一朗さん。大二朗さんの実兄で本職は甲冑制作の伝統的工芸士です。制作は頭師の大豆生田博さん。二代目大生峰山を襲名した腕利きの伝統的工芸士です。

鯉徳 雛人形 縫nui インタビュー

▲ 衣装着雛人形の制作を行うのは千葉県指定伝統的工芸士である山田吉徳さんと奥さまの尚好さん。


■同じ価値観を共有できる仲間の存在は大きいですよね。では実際にはじめてみてどうでした?


とにかく楽しいですね、長い間できなかったものが次々とかたちになっていくわけですから。依頼する側、作る側のどちらかが一方的なのではなく、相互に意見を出しあいながら進めてい作業には多くの気づきがあり、これまでとは違う視点をもつことができるようにもなりました。

苦労した点をあげるとするならば"色選び"ですかね。これまで小売業者の立場として注目していたのは"生地の質感" "柄模様" "全体の色彩バランス"といったところでしたが、それがいかに表層的なものだったかを痛感させられました。

はじめて着付師に衣装の生地を支給した際、「それに合わせる袴の色は?」「下にくる重ねの色目は?」と次々と質問責めにあいまして、「そんなに色を選ぶ箇所って多かったっけ?」と戸惑いましたよ。人形職人たちは普段から最も目立つ衣装の色合いや柄に応じて、目立たないパーツやその裏地に至るまでを入念に色(生地)選びしてくれていたことに、恥ずかしながらこのとき気づきました。


"選ぶ"のでなく"作る"となると細部に至るまでの決定事項が増えるため、販売する人形一体にかける時間が長くなってしまいます。けれども他社の真似ではない"自分たちらしさ"を強く表現するために(色選びは)妥協できない工程ですね。

また色選びのみならず、デザインや商品コンセプトに至るまで私たちはさまざまな方々の声を反映したものづくりを心がけていますので、お客さまに喜んでもらえるであろう手応えも、以前とは比べものにならないくらい大きなものになったと思いますよ。


■それでは他社とは違う縫nuiの作品の特徴を教えてください。


まずは"ふんわりカワイイ幼な子"をイメージしたオリジナルの頭を使用しているところです。まんまる顔にぷっくりおでこ、小さなお鼻にかわいいおちょぼ口、思わず触りたくなってしまうようなぷくぷくほっぺなど、幼な子の愛らしい特徴を落とし込んでいます。

つぎに衣装。かわいらしい容姿の人形にはかわいらしい衣装を用いるのがお決まりですが、そこにあえて大人っぽい衣装を用いることで"アンバランスさ"を演出しています。私には二人の娘がいるので良くわかるのですが、女の子は年頃になると大人びたお化粧や衣装に興味を持つものです。身近な憧れはお母さんなんでしょうね(笑)。そんな"女の子のおませな気持ちを衣装で表現しています。

また見えない部分のこだわりですが、衣裳着人形のボディには"藁(わら)"を、木目込人形のボディには"桐塑(とうそ)"を使用しています。安価で高品質の"樹脂製"も出てきていますが、温もりあるハンドメイドの工芸品としてできるだけ天然の材料を使うことを心がけています。


鯉徳 雛人形 縫nui インタビュー

▲ 一般的な雛人形の大人びたお顔の美しさとは対象的に、縫nuiでは"ふんわりカワイイ幼子のお顔"をイメージしています。お顔に合わせ、手足までもふっくらとした表現にしています。

鯉徳 雛人形 縫nui インタビュー

▲ 画像は木目込人形のボディ。天然素材の藁や桐塑を使用しているのは、最終的にお人形を供養(焼却)する際に有害物質が出ないようにと環境への配慮もあります。


■では最後に、今後の展望や目標を教えてください。


お客さまからの要望が直接届く場所に身を置き、なおかつ各分野の職人たちがお互い開けた関係性を構築している環境こそが私たちの強みでもあるので、このバランスを引き続き大切にしていきたいですね。

これまでもお客さまから「木目込人形はできないのか?」「三人官女はできないのか?」などのご意見をいただいたことがきっかけで商品化にこぎつけることができました。木目込人形に関していえば、各方面から多大なるご協力をいただき、私自身で制作できるまでに至りました。今後、衣裳着人形制作とも並行しながらより縫nuiらしさを追求した人形づくりに励みたいと思っています。


鯉徳 雛人形 縫nui インタビュー

▲ 材料調達から一連の製作工程を自ら行っている鈴木さん。「職人同士の横のつながりやノウハウがあったからこそ、迅速に制作環境を整えることができたんですよ」と嬉しそうに語ってくれた。


最後となりますが、私たちの作る人形は売れることよりもまず"お客さまの選択肢のひとつになること"を目標としています。なので雛人形選びに興味を持つきっかけが縫nuiの人形で、実際購入されたのが古典的な人形だったとしても、それはそれで本望と捉えているんですよね。

"雛人形はこうあるべき"という画一的な価値観の押しつけや選択肢の少なさも業界の想像力を衰退させ、節句離れを助長させた一因だったのではないかと思っているんです。

なのでこれからの節句を創造する私たちは"本質"を失わないようバランスを取りながら、柔軟に世間の要望に対応した創作活動を行い、人形への興味や楽しさを広めていきたいんですよ。飾ることから始まる家族の思い出づくりを、飾りたくないで終わらせてしまうのはあまりにももったいないですからね。


鯉徳 雛人形 縫nui インタビュー

▲ 自社工房兼ショールームにて。縫nuiらしさを兼ね備えた五月人形にも挑戦してみたいとのこと。 ※2021年より五月人形制作開始!




縫ロゴ


縫 nui ■節句人形職人ユニット

2016年発足。これまでの伝統をつなぐためにメイドインニッポンの卓越した技術をを携え、今後節句人形業界を担うメンバーらにより結成された職人ユニット"縫nui"。節句人形業界を牽引しながらも、モノづくりの魅力を発信している。 ▶インタビューページへ